感動のデセール 人柄がもたらす美しい味

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世界的に注目を浴びるパティシエ鎧塚俊彦氏は、自分の信じる美味しさを目の前でお客様に提供する「デザートライブ」を続けてきた。その時々に最も旬な素材の魅力を引き出した渾身の一皿を、お客様一人一人に思いをこめて提供する。途方もなく思えたその方法は確実に人々の心を揺らし、多くの熱烈なファンがつくこととなる。水戸のいちご農家八木岡さんもその1人。仕事にかける情熱、人として憧れるという鎧塚さんから、多くの啓示を受けている。

マルシェでの出会いが縁となり
成熟を増していったいちご農家の観念

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ーまずは取材前日の八木岡さんに「降ってきた」話題から。

八木岡さん  いきなりですが、昨日の朝、奇跡的な出来事がありまして。知り合いが開いた水戸の集まりで、東京から来ていた初めてお会いする女性と何気なくケーキの話になったんです。その方は鎧塚さんのファンでこのお店によく通っていると。なぜそんなに好きなのかというと、ケーキがおいしいのは当然だけれども、デザートライブで目の前で鎧塚さんが作っている姿とか会話を通して、その人柄に惚れ込んだというんです。そこで初めて、実はうちのいちごを使っていただいているんですとお伝えしたら、ものすごく感動してくださって。こんな巡り合わせが遠く離れた水戸でもあるんだなぁ、しかも鎧塚さんにお会いする前日にというタイミングの良さに驚きました。

鎧塚さん いやぁ、とてもありがたいですね。

八木岡さん 決して効率的ではないスタンスを貫いてきたことがこうして根付いて、鎧塚さんが伝えなきゃいけないと思ったことが現実にお客様に伝わっていることを知って、改めて鎧塚さんはすごいと思いました。僕もここで初めてデザートライブを体験した時のいちごの使われ方には感動しましたし、見た目のすごさに食べる前から圧倒されました。いちごの価値が味だけではないということに気付かされたんです。鎧塚さんがディテールまでものすごくこだわって美学を完成させているのだと思うと、できる限りご要望にお応えしたいと思いますし、鎧塚さんが手にした時に喜んでくれるようなものを作らなくては、自分の仕事としてはダメなんだと意識するようになったんです。

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ーアシェットをお一人お一人の目の前で仕上げて提供するというのは、とてもユニークなスタイルですね。

鎧塚さん  最初に恵比寿で6席のお店をやり始めた時は、それでは絶対に潰れると先輩にも言われたんですね。でもその6席で自分のコンセプトをしっかり打ち出したからこそ、お客様に評価していただけたわけです。今はこの14席にこだわって、これ以上増やすつもりもなく、僕が何をしたいのかということを表現させていただいています。僕はずっとこういうスタイルでやっていますが、料理人に限らず全てそうですけど、結局は人となりが出るじゃないですか。
例えばお鮨屋さん。素材の目利きや腕の良さは非常に大事ですが、世の中においしいお寿司屋さんが五万とある中で、ここでないとダメと言われるには親方のキャラクターが非常に大きいと思うんです。農業もまた土壌であったり気候であったり、もちろん大事でしょうけど、やはりそれをどう生かすか、どういう考えで作ってるかという生産者の方針、人柄が最終的には大事ですよね。

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「いばらキッス」( 571円)
いちごのショートケーキは日本の洋菓子。真っ白なデコレーションの上にのった真っ赤ないちごは、ハートフルファーム土の香のいばらキッスを使用。適度な酸味とコクがクリームの優しさを引き立てている。

日本のケーキにとっていちごは特別な存在
これだけは無いことが許されない

ーでは鎧塚さんが数あるいちご農家の中からハートフルファーム土の香さんを選ばれたのも、八木岡さんの人柄によるところが大きかったのですか?

鎧塚さん  もちろんそうですね。非常に良心的に作ってらっしゃるのと、動きが速いところですね。初めてハウスを訪ねた時にヘタの付け根まで真っ赤になったいちごがたくさんあって、普通はそこまで熟す前に収穫するのになぜかと聞いたら、直接ここへ買いに来る方のためにとってあると言われたんです。出荷の割合からしたらそんなに利益にならないでしょうに、そういうことをやっている。面白いなと思って。それで私のところへもこの状態のものを直送してほしいとお願いして、それ以来うちでは八木岡さんのいちごを使わせてもらっています。こちらの要望に前向きに取り組んでくださいますし、安定供給をしていただけて、ほんとに助かってます。

八木岡さん 農家は作ったものを全部お金に換えないと厳しい現実があって、ともすればパックの上段は立派ないちごを並べて下段にはそうでないものを入れるということもありがちです。でもうちでは父親の代から絶対それはやっちゃいけないという方針で、すると膨大な捨ていちごが発生しますので、これをどうにかしなくちゃというのが就農当時からの課題でした。当初は当然加工しかないだろうという考えでしたが、実はいちごはいろいろな形で利用することができたんです。その一つが冷凍いちごです。作ってみたら引く手数多で、シェイクなどにお使いいただいています。それから熟す前の青いいちごも、爽やかな酸味としゃきっとした歯ごたえを好んで料理に使いたいという方がいらっしゃるんですね。こうした価値は農業界の限られた世界にいたのでは気付くことができなかったことだと思うんです。

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ーケーキ屋さんではさまざまな旬のフルーツをお使いですが、その中でもいちごはやはり花形なのでしょうね。

鎧塚さん  いちごというのは日本では神話に近いものがあるんですね。いちごのショートケーキ神話といいますか。例えば催事などでいちごショートが売り切れてしまったら、他にはまだたくさんあるのに「あら?今日はケーキないの?」と聞かれるんです。単にケーキと言えば、それはもういちごのショートケーキのことなんですね。
うちでは旬を大事にしていますので、例えば夏はモンブランはやらないんです。でもいちごは神話ですから、日本のお客様はいちごだけは許してくれませんので、ケーキ屋さんには1年中いちごがなくてはいけない。そこで輸入物を使ったりしてしのいでいますが、やはり味が落ちますので、何とかおいしいいちごが夏も供給できればと思いますよね。八木岡さん、夏いちごもぜひやってくださいよ。

八木岡さん そうですね、もっと頑張りますよ僕も、ほんとに。いちごの価値って等級だけでなく、用途の区分けが大事だと思っていて、だからB品という言い方や、B品だから安価にお出しできるというスタンスは好きではないんです。いわゆる形的にB品と言われるものは味が良くて、ケーキではサンドタイプとして好んで使われますし、加工品などはむしろ小さい粒の方がより鮮明に色が出て良いものができたりします。そういう価値を探してあげると、いちごに対して申し訳ないという気持ちにはならないと思うんです。なぜならいちごってすごく頑張ってくれる作物なんですよ。僕の所は比較的長く11月から6月まで出荷していますが、同じ株から連続して8ヶ月も実を成らせてくれる作物なんて他にはないんですね。そんな頑張ってくれるいちごに報いるためにも、僕の仕事はいちごの価値を探し続けることだと思うんです。

鎧塚さん 最近うちではいばらキッスが人気がありますよね。こうしてご縁ができると頻繁に茨城に行くようになって、人の繋がりができて、情報量も増えてくるじゃないですか。茨城は非常に良質なものが多くて、いちご以外にもイバラキング(メロン)や干し芋なども使っています。でも実際に現地に行ってみないと、そういうことがわからない。伝わってこないんですね。
僕は信州のフード大使をやっていますが、軽井沢とか信州とか、それだけで響きがいいんですよね。でも茨城は良いものを作っているのに何か弱いんですよ。東京に近すぎてありがたみがないというか。そして動かない方が多い。だから攻められないというか。これはやはりもっと動きがないと好転しないですよね。認知度が低いのであれば高めるように、当然動かなきゃいけないわけです。じゃあそれは誰がやるのかといえば、気がついた人が自分でやるしかないと思うんですよ。茨城に限らず各地で行われている地域おこしなどでも、国が悪い、行政が悪いと文句ばかり言う人もいますが、何とかしたいと思うのであればまず自分たちでアクションを起こして、さまざまな人に働きかけていくのが成功のコツだと思います。そうしたアクションを起こした上で、こういうことをやりたいんだと声を掛けてくださるのであれば、僕も喜んでお手伝いさせていただきたいと思っていますよ。

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Toshi Yoroizukaシェフ 鎧塚 俊彦さん (よろいづかとしひこ)

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1965年京都府宇治市に生まれる。食べることが好きで、特にケーキが大好きだった少年は、やがて神戸、ヨーロッパでの修行を経て日本を代表するパティシエに。ケーキ作りに込める思いは少年時代から培われた美味しさへの探求心。Toshi Yoroizukaの提案する「美味しいお菓子」が、今では多くの人々に喜びと感動をもたらしている

ハートフルファーム土の香 八木岡岳暁さん

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